今月、一日中空いているのは20日だけになってしまった。ここに、お芝居とかライブとか入れると、もうバタバタになるから、この日は朝からのんびりしようと、スセリは思った。
「20日は久々に、朝からパジャマでお風呂でビールだな!」
オハラショウスケさんが唯一の楽しみになっている安上がりな人間だ。女盛りを自称している割には、そんな休日のすごし方しか知らない、単純な人である。
朝9時。電話が鳴った。演出のNさんだった。Nさんとは、この6年位、年に何回か舞台を一緒にさせてもらっている。スセリが何でもかんでも話せるキャパの広い、面白がりの人だ。恋愛相談とかはヒトに一切しないスセリが唯一、事後報告だが言える相手でもある。男だけどお母さんか、お姉さんみたいな人だ。
「Nでございます!」Nさんはいつも礼儀正しい。「お電話頂きましたけど、中々時間の都合が取れなくて、お返事おそくなって、すみません」こんな、距離を置いたジェントルマンな言い方なのだ。
本来なら、スセリがお礼の為に電話してるのだから、スセリのほうから何度かかけなければいけないのだが、忙しさにまぎれて忘れていたのだった。山のようにお世話になってるスセリは、ものすごい距離感で話を返す。
「ホント、困るんですよね~遅すぎますよ~」すかさずNさんは「なんだと~」
文字にするとケンカだけど、口調は笑いながら。これがお約束の失礼ごっこなのだ。
お互いに近況や仕事の話、知り合いの舞台の事なんかを、思いっきりここだけの話で話し合う。そして、ご飯でも食べましょうということで、日にちを探したら、20日しかなかった。スセリは何の遠慮もなく大恩あるNさんに言った。
「その日は1日空いてる唯一の日なので、朝からパジャマでビールでお風呂なんですよ」
すると、Nさんは「あ~、それは太田さんにとって一番大切なことですよね」こともなげに言う。
スセリはすかさず「なんだと~」・・・やっぱり、仲良しなのだ。
歳を取っていくと、あ~あ、と言うことも多いが、こういう風にいい距離でシニカルに話せる人ができるのは楽しいことだ。Nさんに、稽古場で観て頂いてる時は、もう少し刺々しいやりとりなのだが・・・。(例えば「太田さんがどこを面白いと思っているのか分からないんですけど」「今はいいです。本番でやります」とのやりとりです・・・スセリはかなり失礼な奴です)
実際、Nさんの芝居はほとんど観にいかない。5本のうち1本行けばいいほうだ。また、スセリも、この日記のことすら告知していない。二人の会話は面白いので、後日、再現することにチャレンジしてみたいと思います。
スセリは今日、両国までお稽古に行き、一回家に帰ってきたら、駅前の銀行で一人の男に会った。
「あれ~Tさん?何でこんな所に?」
Tさんは、今回の正月の軽演劇に出る役者さんで、劇中劇ではスセリと夫婦役のひとだ。
「偶然だね~?私この近所なのよ~」とスセリが言うと、「ご飯おごらせてください」との返事。スセリは、お弁当に手をつけてなかったのでちょっと迷ったが「太田さんと話がしたいんですよ」と言うので、お弁当は諦めて付き合うことにした。
聞いてみれば、共通の店をいくつも知っていて、スセリは本当に東京の狭さを感じた。どの店も五時前で開いてなかったので、スセリのお気に入り、1日3時間しかやってない、88歳のおばあちゃんのお店に連れて行くことになった。
スセリは「お酒はあんまり飲めませんから」と言ってあったので、ビールコップ一杯で一時間過ごした。その間Tさんは、焼酎のたっぷりの水割りを5杯飲んでいた。お店のおばあちゃんが「飲みすぎだよ」と言ったけど「まだ飲む」と言うので、酒飲みや、やんちゃな男の扱いに慣れているスセリは、チョビットたしなめて店を出た。
彼は、嬉しそうに手を振って帰っていった。スセリが自分のお弁当をあげたのだ。
「お弁当見たらびっくりするだろうな~。二段重ねでほとんど全部野菜だけだからな~」
スセリがお弁当を持っていくのは、外食では野菜が摂れないからなのだ。
「元ボクサーなのか~」
「お酒の飲み方も刹那的だな~」
「あれじゃ、どこ行ってもケンカになっちゃうよね~」
実際、稽古場では挨拶しかしたことなかったが、魅力のあるヒトだとは思っていた。
「諸刃の剣みたいな役者さんだね~」
「突き詰めちゃうんだね~」
「やんちゃな哲学者だね~」
スセリのことは、昔から知っていて、今回の芝居を一緒に出来るということで、半年前から楽しみにしていてくれたそうだ。そのせいか、大張り切りで、しゃべっていた。自分でも「張り切っている」とわかっていたようだ。
一方スセリは、沢山話した中で、「忘れちゃえば?」「気にしなければいいじゃない?」「私は飽きちゃう」を、連発していた。
Tさんとは、これから一ヶ月、お稽古本番と一緒になるので、また話す機会ができるだろうが、スセリは「トラブルの予感~!」を感じていた。大体、今日の稽古来ていなかった・・・。
それからスセリは、一回家に帰ってピアノバーのSに行く。ここでもお茶を飲んでノンアルコール。マスターが明るくて嬉しかった。そこでもさっきのTさんの話題。あのあと、Sのマスターの息子さんの店に行って、私のことを話してるらしい・・・。息子さんから「Tさんが来て、スセリさんと飲んだって言ってる」と、電話があったそうだ。
「あの調子で騒いでるんだろうか?」スセリはいつになくお姉さんモードになっていた。「ホント、張り切ってたよね~」
続いて、ちょっと人に会いに行ったが、やっぱりノンアルコールで23時までおしゃべり。今日は素面で帰ってくると、駅前の道路でヒトが倒れている。尋常じゃない。
「どうしました?」
スセリは倒れたヒトのそばに居る男の人に聞いてみると「何か、このヒト、倒れて、救急車呼んでくれっていってるんだよ」とのこと。スセリはすぐさま携帯で119を呼び出した。電話してる間にそばに居た男の人が「ペコちゃんだ、ペコちゃんだ」と、スセリの昔の芸名を連発していた。酔っているのだ。
スセリは救急車が来るまで、倒れているヒトに付き添って、励ましたりしていた。そばに居た男の人は通りがかりの人で、かなり酔っていた。酔っていた上に、緊急事態に興奮していたのだろう、通行人に絡んだりしていた。スセリは、わりと修羅場に強いので、というか、結構見てきているので、こういう時は頼りになる。
救急車が来て、酔った発見者のヒトが救急隊員に目撃情報を大声で話している。おまけに、「ペコちゃんが偶然通りかかって通報したんです」といらないことまで言っているので、落ちた手袋や自転車の鍵を、倒れていたヒトのバッグに入れて、そっと立ち去った。
「張り切っていたな~あの男の人。あのあといたら、飲みに行こうとかになってたかもな・・・」
今日は張り切る男の人達を見てきたけど、スセリは、なんだか自分は落ち着いていて、カッコイイと思って家に着く。
「ダンディズムだよね」
「やせ我慢でもいいし・・・」
「やっぱり、粋&ストイックだね」
スセリよ・・・それは確かにかっこいいけど・・・・全部男の人のかっこよさなのだよ。女のヒトは違うかっこよさを求めたほうが・・・いっても仕方がないか・・・。
この女に・・・奇特なヒトとの恋が生まれますように!