7月28日木曜日。
四谷コタンの第四木曜日は、立川流の放送作家、奥山コーシンさんの落語の日だった。
スセリは奥山先生のお誘いで、一年半ほど前に初めてコタンに足を踏み入れたのだった。
その時は、こんなにかかわる事になるとは全く思っていなかったのだが・・・。
奥山先生は、コタン開店当初から文化人の集いを展開なさっていた方で、
オーナーの三上左京さんの演出でお芝居に出たりと、コタンの歴史には深い方だ。
しばらくお休みしていた落語会を復活させるというので、スセリにもお誘いがあったのだ。
その時の、同じ放送作家のあべあきらさんとの『落語と弾き語りのコラボ』を観て、
スセリはその場ですぐに、店長の木村さんに
「オーーディションってどうやって受けるんですか?」と尋ねたのだった。
そんな経緯で、スセリは落語の日には、リハから顔を出している。
その日、奥山先生とスセリが雑談をしていると、
オーナーの三上さんと店長の木村さんが、二人で入ってきた。
そして三上さんがおもむろに「コタンの立ち退きの話が出ているんです」と、口を開いた。
長年のお付き合いの奥山先生と、短いけど濃いお付き合いのスセリは「・・・」だった。
「確定するまでは内密に」との事だったので、スセリは誰にも言わずにいたが、
その二日後の30日のコタン中忘れ会で発表され、
コタン仲間は一同、フリーズしたのだった。
それからは、移転先を探したり、今後のコタンのスタイルを意見したり、
引越し費用の足しに集客できるライブを企画したりと、
スセリはバタバタと恩返しに向けて走り回っていたのだった。
「育ててもらったんだもの・・」スセリは、実の親には不義理しながら、
コタンの為には、かなりアタフタと走り回った。
その甲斐あってか、永六輔さんがコタンに出てくださることになった。
スセリが、永さんにお会いした時に、
「ジアンジアンが無くなり、文芸座が形を変えて、そして、コタンが立ち退きで、
私が育ててもらった小屋はドンドン無くなるんです」と、訴えたのだった。
すると、永さんは「ぼく出ます」との即答だった。
いきなりの展開に戸惑うスセリに
「朗読に向いてる場所なら、あなたの会のときに出ます」と、更に念押しのお申し出だった。
おまけに、8月には永さんのTBSラジオの土曜ワイドで、スセリは生中継でコタンの前から、
「ありがとう四谷コタン~!35年の歴史は終わるけど、最後の一年に間に合いました~!」
と大々的にコタンの立ち退きを弾き語ってしまったのだった。
番組の中で永さんも、「芸人を育てる小屋が無くなる」とのお話を展開してくださった。
その後もお会いするたびに「コタンはどうなった?」と、聞かれ、
そのたびにスセリは「まだ、移転先は決まっていません。立ち退きの費用も弁護士さんと交渉中らしいです」等とお答えして、永さんも「そうか・・・」と心痛めていらっしゃる様子だった。
そして、そんないきさつの中、忙しい永さんのスケジュールを調整していただいて、
30人入れば満員のコタンへの出演が明後日の6日なのだった・・・。
入れ替え制の2回公演はすぐに完売した。
スセリへの応援もあるけれど、オーナーの三上さんの師事した小沢昭一さんが、
永さんの長いお仲間という事、そして、奥山先生とも親交があるという事でのご出演だ。
スセリも肝を入れて準備をしていた。
奥山先生も本番にいらっしゃる・・・。
それが、昨日15時57分、店長の木村さんからの電話でミラクルな展開になった。
「コタンの移転は無くなりました・・・。大家さんが断念したそうです・・・」という内容だった。
木村さんはコタンの移転騒動が始まってから、心痛からの頭痛で苦しんでいた。
その姿を、他の出演者と一緒に心配していたスセリは、
仕事を終えてからコタンに飛んで行った。
その場にいたみんなで、びっくりしたり、喜びあったり、祝杯をあげたりして盛り上がった。
木村さんの頭痛も消えたようだった。
一夜明けて、今度はスセリが頭痛だった。
「え、永さんの事務所に電話しなければ・・・」
移転がなくなったことをお伝えしなければならない。
明後日のライブのタイトルは『コタンにゴンギツネ』。
コタンに恩返しをする為に、企画したライブなのだ。
『ゴンギツネ』は、いたずら狐が恩返しにお魚や木の実をおうちの前に咥えて持っていって、
「また、いたずらしにきたな」と誤解されて撃たれて命を落とすというお話だ。
スセリも撃たれてしまった・・・。
「タイトルが悪かったのだな・・・。やっぱり『コタンに夕鶴』が良かったな・・・」
例え『夕鶴』にしたとしても、最後は悲しいオチなのだ。
日本の恩返しのお話は、そういう風になっている。
しかし、「頭痛いな~」と言いながら、スセリはずっとニコニコしっぱなしだ。
この2ヶ月のコタン移転騒動で、分かった事が沢山あった。
長年、コタンで弾き語っていたミュージシャンの方達から、別々に、
「コタンの為にありがとうな」とか、
「スセリが来てからコタンに出る事の意味を再認識したよ」とか、
何かできないかとバタバタしてるスセリに、本音で色んな話をしてくださったのだ。
雨降って地固まる。
コタンは残る。
そして、スセリはまた「コタンに棲んでる」と言われながら、ギター抱えて通うだろう。
「棲家が無事でよかったじょ~」
スセリは、軽い頭痛ながら幸せだった。
「明後日のライブ・・・どうなるのかじょ?」
多少の不安は残るが・・・。
「エイさんを背負って来たんだじょ~」