観察日記を始めてから今日で一週間。スセリはこの日記を始めたキッカケの日のことを思い出していた。
「血が騒いだわよね~!」
「荒れに、荒れたわよね~!」
「ライブハウス四谷Kなのよね・・・。」
ライブハウス四谷Kは、スセリのお気に入りのスポット。30年以上の歴史のあるお店で、毎日のように、弾き語りを中心に、ミュージシャン達がしのぎを削っている。しかし、スセリがこのお店に初めて行ったのは、『落語の日』だった。
「面白かったわよね~」
「立川Oさんが落語やって、そのまま高座の上で、放送作家のAさんがギターの弾き語りをやったのよね~!」
「落語と弾き語りのコラボレーション。こういう形、私もやりたいって思ったのよのね~」
スセリの恐ろしい所は、「人が出来るものは私も出来る」と思っている所だ。その場で、責任者のKさんに「私もここに出たいんですけど!」と申し込んだ。Kさんは、「この女なんだろう?」と、小首をかしげながらもスセリの名前と連絡先を聞いて、お店のシステムを説明した。
スセリは「私は人の説明を聞いても分からない人間だ」と、思っているので「ハイ、ハイ」と、分かったような顔をして聞いてるふりをし、出演の日にちを決めてもらった。それからおもむろに、重大な事実をKさんに告げた。
「実は、私、楽器できないんです」
Kさんは、長年、様々な変わった出演者を扱ってる猛獣使いなので、スセリの言い放ったことを理解しようと聞いてくれた。「え~と、じゃあ、伴奏頼むのかな?」
スセリはあっさり答えた。
「アカペラでやりたいんです(きっぱり!)」
Kさんは、再び理解してくれようとして「アカペラ?今、歌なしのインストルメンタルだけの出演者もいるから・・・」「「まぁ、他の舞台のキャリアもあるみたいだしね」「いいろいろやってみて下さい」
Kさんは、この後、嫌というほどスセリに面倒をかけられることを、この時点では予測していなかった・・・。
5月。スセリは、四谷K初ライブで、アカペラとコントでの30分のステージをこなした。終わってみて、スセリはむなしかった。
「あっという間に終わってしまったわ」
「やった気がしない。充実感がない・・・お笑いだけじゃ、しょぼい・・・」
「異種格闘技だって言われたし・・・。やっぱ楽器弾けなきゃだめだな」
スセリの恐ろしい所は、前述のように「人が出来ることは私も出来る」なのだ。翌日、早速ギターを買いに行くことにした。
「7月の出演の時はギターの弾き語りにしようっと」
「ギターってどうやって買うんだろう・・・」
「いくら位するのかしら?」
スセリは、仕事仲間Cに電話して聞いてみた。
「ねえねえ、ギター買いたいんだけど、どこで買えばいいの?なんのギター買えばいいの?」
聞かれた、仲間のCは、「何をやるんですか?」と、スセリに聞き返してきた。
「フォークソングよ。7月のライブでやるの」
Cは、自分の耳を疑った。「あの、あの、ギター弾けないんですよね?」
スセリは答えた、
「あたりまえよ、弾けるわけないじゃない。だからギター買いに行くのよ。馬鹿ね~!」
「先輩達に聞いたら、一月で一曲弾ける様になるって言うから、2曲はできるじゃない」
「あとはあなた、弾いてよ。デュオでいこうよ」
Cは、改めてスセリが狂人であることを確信した。
7月。スセリは、四谷K二度目のライブでフォークデュオの30分のステージをこなした。終わってみて、スセリは落ち込んだ。
「ぜんぜん弾けなかったわ」
「緊張して声が出なかった。こんなの初めて・・・」
「指、痛いし・・・もう、あきらめるしかないか・・・」
スセリは久々にウツ状態になった。ギターもしまいっぱなしにになった。このまま終わればその後の話もなかったのだが・・・。
落ち込みが続くスセリは、肩を落として実家に帰った。すると、スセリの姪っ子(当時4歳)が「りんごダイエットは~一日りんごだけ~」と、なんと、スセリの作った歌を歌っている。「蚊取り線香つまずいて~部屋中真っ白灰だらけ~スヌーピー~」所々ではあるが、つぎはぎでスセリの歌をうたっているのだった。「面白いから歌ってるの~。幼稚園でも歌ったんだよ~」姪っ子は、スセリが実家に帰ったときに練習していたのを聞いて覚えていたのだった。「お、面白い~?」スセリは猛烈に感動した!「こんな小さな子が覚えていてくれたんだ・・・しかも、面白いって・・・私は何を思い上がっていたのだろう・・・歌を聞かせたいわけじゃないんだ!人に喜んでほしいだけなんだもの・・・」スセリは姪っ子をぎゅっと抱きしめると、「やったる!絶対にリベンジしたる!」と、心に誓った。抱きしめられた姪っ子は、プロレスごっこかと思って足をバタバタさせて喜んだ。この後彼女は、泣くまでスセリに遊んでもらうこととなった
そして密かに練習して、来年一月の3度目の出演依頼に、この日四谷Kに訪れたのだ。
(話が長くてすみません。丁度一週間前の、この日記を始めるキッカケの日のことです)
(この日のことは続編でお楽しみください。)
そこで、その日偶然にも、4人のうち欠席が2人いて、スセリも思いがけずに出していただくことになったのだ。
3度目の出演を果たしたスセリのステージは、他の出演者やお客さんやKさんに、またもやお詫びを申し上るものになった・・・。そして、Kさんからは何故か日記を書くように薦めていただいたのであった・・・。書いてみて一週間。
「何故日記を薦められたんだろう?」
「何度もおんなじ間違いをしてるから、覚えておくようにかしら?」
「音楽から気をそらせなさいということかしら?」
Kさんの真意は分からないままだが、スセリも私も、この日記が気に入り始めてる。
「一年くらい続いたら、どうして薦めたのか聞いてみよう」
「・・・聞かなくてもいいか・・・。分からないままのほうが楽しいから・・・」
おかげで、午前中に文章を書く習慣がついたし、ホームページ作った時に役に立つだろうし、何より、自分を正当化することができるようになった。
「何か、怖いものがなくなったわね~」
スセリがつぶやく・・・。日記というのはそんな恐ろしい効力もあるようだ。
私だけは出来るだけ冷静に、この女を観察したいと思っている。